その44.老い

今月初め、母や妹と介護施設を見に行った。現在入院中の父の受入先を探すためである。そこはリハビリ病院に併設されている施設で、一般病棟と認知病棟に分かれている。ピンクやブルーのカラフルな前垂れをした老人たちが、女性の介護士の指導で、椅子に腰掛けたままで、体操のごときゲームをしている。ボンヤリとした人もいるし、にこやかな人もいる。壁には彼らの書いた絵や書道が飾られており、部屋の雰囲気はまるで幼稚園の教室のようである。

施設を出てから、ふと気付いた。その施設の中で見る限り、女性が圧倒的に多いのである。この世の男女の比率は半々のはずなのに、長生きをするのは女性が多いせいだろうか。すると妹が言う。「うちのお父さんもそうだけど、男の人は気難しくプライドの高い人が多いからね。だから施設に入るのを嫌がるんじゃないの」そう言えば、女性は穏やかな顔の人が多かったが、男の人はボンヤリと無表情な人が目についた。女性は施設の生活に適応して、お喋りを楽しんだりしているが、男は孤独で寡黙になる人が多いようである。これが、男女の寿命の差の原因かもしれない。

少々下賎な話であるが、「メハマラ」という言葉がある。メは目、ハは歯、マラは精力のことらしい。未確認であるけれど、男はこの順番に衰えてくるということのようである。私自身、還暦を迎えようとしている現在、この言葉を実感している。老眼は進行して新聞の字がつらくなってきたし、歯も一部義歯となった。あちらの方も正直言って、はっきりと減退している。友人の中には、「わしはいつでもOK、バリバリよ」などと言う輩もいるが、私は全く信用していない。

つい最近、「皆既日食」ということがあった。南の島にツアーまで組まれ、日本中が沸いたものである。市場でも話題になり、青果や市役所の人にまで「あれ、けっこう見えましたよね」などと話しかけられた。私が見ていないことを告げると、「ええ!どうして見ないんです?」などと詰問される。家に帰って妻に言った。「あんなもん、なにがおもしろいんじゃろう?」―すると、「あんたは夢のない人じゃねえ」と、軽蔑に近い目線と答えが返ってきた。心の中で反発しつつも、私はドキリとした。「そういえば、今の自分は好奇心がかなり減退しているよな・・・・。」最近はまとまって本を読むこともないし、映画館に行くこともない。旅行に行きたいという気持ちも起きないし、カープの新球場にすら、まだ行っていないではないか!もしかしたら、一番気をつけなくてはいけないのは、「心の老い」というやつかもしれない。

「ほんまに年はとりたくないもんよ。ほいじゃが、気持ちくらい若う持たんといけんよのう」