その42.犬の世界

昨年、父が倒れて以来、犬の散歩をすることが多くなった。父が飼っていた愛犬を、体が不自由になった父の代わりに運動させるわけである。朝夕の散歩は、家の近くの川土手筋を、同じルートで歩くことが多い。散歩をさせ始めてまもなく、私は彼(雄犬なので)の奇妙な行動に気づいた。川の傍の真っ直ぐなコンクリートの土手道を歩いている時、彼は必ず道をはずして、1度畑に降り、すぐにもとの土手道に戻ってくる場所があるのだ。何の障害もない平坦な道なのに、そんな意味のない行為をするポイントが3箇所あるのだ。(なにをこいつは考えとるんじゃ?)不可思議な行為であるが、これは犬の嗅覚に関係しているのではないか、という結論に達した。人間の何万倍も鋭敏な嗅覚をもつ彼らは、目よりも臭いの世界で生きているのである。人間には全く感じられなくても、その場所には彼にとって不快な臭いが残っているのであろう。これは彼に確認をとったわけではないので、私の勝手な推測である。

昨年の夏、彼を犬の訓練所なるところへ、2ヶ月位預けたことがある。雷や飛行機の音に異常に怯え、他の犬を襲ったり、散歩時に引っ張ったりーといった困った癖を少しでも、よくしたいという目的であった。短期間であるので、あまり期待はしていなかったが、2ヵ月後、引き取りに行って見ると、はたして彼は見間違うばかりにスリムになっていた。他の犬に吠え付くこともなく、「伏せ」や「待て」ができるし、何より散歩で引っ張りあげることをしなくなった。駄犬が名犬に変身、というほどではないが、予想以上の成果であった。「雷がなると、ひどく怯えて騒ぎませんでしたか」と所長に聞いた。すると、「そんなことはなかったですよ」と答え、こう付け加えた。「彼も男の子なのでプライドがあるでしょうからね」当然ながら、そこには、雌犬も沢山いるのだ。

動物の世界は、人が想像するより人間世界に酷似しているということか。これが猿になると、もっと人間くさくなる。以前、TVでチンパンジーのボスの跡目争いについての番組を見た。群れを率いるボスは、食物とメスを支配するだけでなく、外敵から守り、内部の争いも抑えなくてはならない重大な地位である。しかし、いつかは新旧交代の争いが起きる。ここで活躍するのが、群れの長老である。彼は力量を冷静に判断して、新しいボスを選ぶだけでなく、ボスの座を追われた古いボスが、争いを起こしたりしないよう、群れを円満にまとめていく。さらに、あとで彼がイジメにあったりしないように、フォローすることも忘れない。ここまでくると、人間世界よりも人間的なのではないか(!?)最近の日本の政界のお粗末な状況をみると、彼らの方が上等ではないか、とさえ思えるのだ。
我が家の愛犬の話に戻る。あれから10ヶ月が過ぎた現在、気弱でわがままな、以前のままのダメ犬に、彼はほとんど戻ってしまっている・・・・。

「ヒトもイヌも集団生活を経験せんといけんいうことよのう。そろそろアイツも、もういっぺん夏合宿にいれんといけんかのう」